入鹿暗殺

 最後には殺されるとわかっていながらも、実際にその殺しの描写を目の当たりにすると少し凹む。「乙巳の変」――蘇我入鹿が、中大兄皇子の刃に倒れる箇所だ。すげーなー、実の母親(皇極天皇)の目前で人殺しをするなんて。中大兄皇子、よっぽど自分の育ち方に不満でも持っていたのだろうか? ただの殺しだけならともかく、片脚ごろんのスプラッタ入りだしなー。雨ん中で。こええよなー。当て付けの要素がまったくなかったとは言えないような。今の世から見るとだけれど。
 と、書きつつ、中大兄皇子と打毬の友人2名、及び中臣鎌子が、高麗の俳優(わざおぎ)に扮して入鹿を騙し討ちするシーンには、さすがにはらはらした。上手くいくのだろうか? って、上手くいくに決まっているのだけれど、それでも、「入鹿にばれたら後がこわいぞー」などと、かなりに中大兄皇子サイドに感情移入しながら読んでしまった。ふつうに惨殺するのではなく、「高麗の俳優」に扮してというひとくふうがこちらの心をくすぐったらしい。

 朝廷への広庭へと続く南門を少しはずれた庇の陰に、高麗の俳優の装をした中大兄皇子、佐伯子麻呂(さえきのこまろ)、稚犬養網田(わかいぬかいのあみた)、それに鎌足公のお姿があった。中大兄皇子のお手には、鞘の先に紅巾(こうきん)をつけて飾り鉾と見せた長鉾があった。鎌足公のお手になさる弓には、花と朱房がつけてある。

 花と朱房のついた弓か……。なんか可愛い。(こういう細部に拘っているから大勢が身に染みこまないのだろうか?)

 そんな中大兄皇子も、そして中臣鎌子も、「双調平家物語」2巻の終わりには、ひとしく気弱な中年男となりはて、ぼくにはそれが少し哀しかった。実際、鼻の奥がツンとした。あの溌剌としていた青年たちが、どうしてこんなに世の趨勢にびくびくするようになってしまったのだろうか、と。溌剌、といっても、人を殺しちゃいけないけどね。――そんなこんなで、無事、「双調平家物語」2巻を読了する。めでたい。めでたい。とまたも言祝ぐ。(3巻は、行きつけの書店では置いていないのだ。さて、どうやって手に入れよう。)