起こさないで

 昨晩、午前1時36分、外で何やら男女の諍う声がします。なんだなんだと、カーテンを薄く開けて様子をうかがってみると(6階なので相手からは見えないと踏んだのだ)、ちょうど前の一軒家で、門の中にいる女性が、門の外にいる男性に向かって怒鳴りまくっています。せっかくなので、どんなことを言っているのか紙に写し取ってみました。(その際に、時刻も記しておいた。)
「出ろって言ってんだろ!」
「やめてよ!」
 ……内実は、よくわかりません。ただ、その必死な調子だけはひしひしと伝わって来ます。
 翌朝、つまるところの今朝、犬の散歩に行く途中、3階のおばさんに会ったので、昨夜の騒動について尋ねてみました。
「冗談じゃないわよ。うるさいったらない。もう、耳元で騒いでるかと思っちゃった」
 耳元。それはちょっと大げさ。
「大げさじゃないって。ほんとうに、うるさかったんだから」
 訊くと、声の主は、こちらが暗に想像していた痴話げんかではなく、単なる親子げんかだったらしいです。男が親父で、女が娘。
 なんだー。
 って、そんな呑気に構えていられないかもしれません。なにしろ、この親父、朝のジョギングの最中、信号機にぶら下がるのを習慣としているくらいだから。(って書くと、近所の人にはバレバレだろうな。ああ、あそこかって。)はじめてその光景に出くわした時には、さすがに、腰が砕けました。つまり、ちょっと、常識が通用しない人かもしれないのです。
 加えて、昨今の剣呑すぎる風潮……。
 何かが起きてからでは遅い。そう思って、この文を記しているのですが、こんな文を記したからといって、別に、何がどうなるわけでもないよなあ。
 ただ、安眠妨害は止めてもらいたい。――とこの最後の一文を書きたかった。