「疑惑の影」

 毎日が退屈でやってられないなーと思っているところに長らく帰ってこなかった伯父が家にやって来て生活がバラ色になったのもつかの間実は彼は殺人犯なのではという疑惑が湧き起こりさてどうしようと悩む映画。こうして、誰にも助けて貰えないものの「でも、負けないわ!」と孤立奮闘する女性の話というのには割に弱かったりする。まあいちおう刑事の青年に惚れられたりはするのだけれど彼近くにはいないし。そもそも、この映画の見所は、主人公が最初伯父に対して「ラブリー」だったのを、ふつうにグラデーションとして「やめて触らないでよ」と変わっていくその形状にあったのではないかと。つまり、そのどちらにも特に違和感を感じさせなかった女優の力量に一票。テレサ・ライトという名だそうだ。笑い声に釣られてこちらも思わず笑ってしまいそうになったよ。それから、殺人犯なのだけれど見ているこちらに微塵も不快感を催させない、そのくせ、殺人犯としてのリアリティを少しも揺らがせることのなかった男優の力量にも一票。ジョゼフ・コットンという名だそうだ。薄く肉の積もった顎が妙に色っぽかったよ。更には、主人公の妹の、「生意気」とか「こましゃくれた」という形容に相応しい眼鏡をかけた子役のキュートさにも一票。エドナ・メイ・ウォナコットという名だそうだ。土産に象の人形をもらっても「なにこの子供っぽいの」と言わんばかりのふてぶてしい顔といったら。他にも、推理小説好きの挙動不審の男だとか、伯父に最後に狙われる変に明るい未亡人だとか、脇役陣の魅力も十分。ヒッチコック1943年の作品だそうで。古いからだとか白黒だからだとかそうした判官贔屓な理由でなく、これもまた、「バルカン」同様、しんけんにおもしろかったよ。