「双調平家」を買ってきた

 古い日記を読み返していると、意外に自分の好みが盤石であったことに気が付く。つまり、ナンシー関だの西原理恵子だの橋本治だの、そうした、メインストリームから若干離れた人々に対する愛情というのは、今も昔も変わっていなかったのだ。けっこう、浮気性、というか、飽きっぽい性格だと今まで思っていたのに。特に10年前は(関係ないけど、シャーペンで書かれた文字は10年経っても劣化していなかった)、のんべんだらりとした学生の身分を利用して、図書館にある橋本治の本をやたらとたくさん読んでいた。(関係あるのかないのか、6月29日の日曜日、新聞に神戸市須磨区の少年が捕まった記事が載った後のことだ。)
 人の好みというのはそうは簡単に変わらないんだなーと思い、同時に、カルトにはまった人がそこから抜け出すのはものすごく大変なんだろうなーとも思った。空想で。何となく。まあそれはともかく。
 はっきり言って、「平家物語」には今のところ何の興味もない。それこそ、「大江戸歌舞伎」より更にディープに興味がない。そもそも、日本の歴史、というか、歴史小説というジャンルそのものに、あまり興味というのを抱き得ていない。であるにもかかわらず、現在、橋本治が最も力を入れている本が、この「双調平家物語」のシリーズだということは知っている。知っていて、それでも手を出し得なかったのは、やっぱり、自分の中での「平家物語」へのハードルが、尋常ではないくらい高かったからなのだ。
 買って来た今にしても、ぱらぱらとページをめくり、その漢字の量に押し潰されそうになっている。

 祇園精舎の鐘の声には、諸行無常の響きがあるという。
 沙羅双樹の花の色には、盛者必衰の理をあらわすという。

 うむむ……。
 正直、現在のところ、1冊読み切れるかどうかもかなり微妙ではある。(全15巻。最終巻は、この夏に刊行予定。)見たところ、ぼくの好いているふだんの文体も、この本では全く駆使されていないようだし。ただ、それこそ、氏への10年間の恩義を、ここで返してもいいかもしれないと思い、今回、チャレンジに踏み切った次第なのだ。――「万延元年」に続く、「追い込んでみる」の第2弾(→)。読み終えたら、その時点で、報告する。