炊屋姫

 さすがにもう「双調平家物語」内で起こる殺人には慣れた。あまりに数が多すぎるのだ。そのいちいちに「権力欲云々」と感心してはいられない。ただ、今読んでいるのは、昨日に引き続き、蘇我馬子が息子の蝦夷に過去の出来事について語っているくだりだから、直接の三人称と違って、若干のベールが掛かっているというのもあるかもしれない。(ちなみに本日殺されたのは、三輪逆、穴穂部皇子、宅部皇子の3名。)が、しかし、そんな中でも、穴補部皇子(あなほべのおうじ)が、異腹の妹、炊屋姫(かしやきひめ)を、<節目の正しい帝>にならんが為に、殯宮で犯そうとする場面には、さすがにぶったまげた。現代では、殺人へのタブーより近親姦へのタブーの方が強いからだろうか。――ではなく、単に、ニュースで触れる率の多寡によるものか。
 この件が祟り、穴穂部皇子は、不敬の罪で馬子と炊屋姫により誅される。皇族にも、不敬の罪は適用されるんだね、つか、「不敬罪」と「不敬の罪」は違うのか、前者は、明治13年旧刑法で明文化されたとのことだし――みたいなことをぼんやりと思いつつ、おそらくは橋本治の筆による、炊屋姫の「男社会」への嫌悪の描写がなかなかにおもしろかったので、ちょっと抜粋してみよう。

 殯宮(もがりみや)に籠る自身を辱めようとした男。その事実と罪は明らかでありながら、用明帝の御世の男は誰一人としてその罪を問おうとはしなかった。かえって逆に、その行為を制しようとした三輪逆(みわのさかう)が殺された。逆のことはどうでもよい。男達は男達の争いをする。三輪逆を殺して、穴穂部皇子とその手先物部大連守屋(もののべのおおむらじもりや)は勢いを増した。その守屋が、穴穂部皇子を擁して帝位に即けようとする。誰もそれを阻まない。河内に大軍を擁して大和を威嚇する大連(おおむらじ)に抗するだけの力を持った男が、御世には一人もいない。物部守屋は、なにを企むとも言わず、ただ河内に兵を擁する。平和理にすべてを収束させるというあからさまな偽りを見せて、平然と事を進めようとする。それを制することが出来るものは我が身一人と知った時、炊屋姫は立った。「人を!」と呼んで、穴穂部皇子誅戮の兵を送った。

 漢字が多くて、とても読めたものじゃないか。すみません。ルビの振り方がわからないのだ。つまりは、「なんだってあたしをレイプしようとしたあいつはおとがめなしで平気でのさばってんのよ。まったくまわりは無能な男ばかりで厭になる。ふざけんじゃないわよ。誰も何もしないんだったらあたしが手を下してやる!」とでもいうところだろうか。こんな風に、当時の彼女がはっきりと思ったかどうかは不明だが、炊屋姫――後の推古天皇の在位36年という数字の長さは、意外に、こうした周りの男たちへの不信のよるところもあったのかもしれない。(なんて書くのは、ぼくが読んでいるところではまだ聖徳太子が登場していないから「拙速」と言える。)

日本書紀』に「姿色端麗・進止軌制」と記される。

 ふーん……と呟く。