即興……

 中国の皇帝がある名高い芸術家に雄鶏の墨絵を描くようにと頼んだ。「四年後においでくだされば、その時には用意ができているでしょう」と画家は答えた。それから四年後、皇帝とお供の者たちがやって来たが、約束は果たされぬままに帰らねばならなかった。画家の言うには、絵を描くにはさらに四年が必要だということだった。そして四年後、また同じ話題が繰り返された。――「どうやらこの仕事は私が想像していたよりも難しいようですが、だんだんとその目標に近づきつつあります。四年後には必ず描くことが出来るでしょう」。それはそのとおりになった。お供の者たちと画家のわびしい庵に到着した皇帝は、なかに通されて一杯のお茶を勧められた。期待のあまりお茶など一口も飲む気にはなれなかった。毎日いまかいまかと雄鶏の絵を待ちつづけ、この一二年間はまるで永遠のように感じられた。そしていまや! 画家は真新しい上等の紙を取り出すと、それを画板の上に固定して、注意深く墨を擦り、それを筆に浸すと、稲妻のようなすばやさで、生きた雄鶏よりもさらに生き生きとした雄鶏の絵を一瞬のうちに描き上げた。
 皇帝は深い感動を覚えたが、同時に少し心乱されもした。雄鶏の絵を描くのにはほんの数秒もかからないのに、画家は彼をむなしく一二年間も待たせたからだ。次に画家は皇帝を静かに奥の間に連れて行ったが、そこには何尺もの高さに雄鶏の墨絵が積み上げられていた。

 ――「音楽の霊性」(工作舎)P.137より。
 いいはなしだ。アートは一日にして成らず、だね。でも、4×3=12年は、待たせすぎのような気がしないでもないな。巌流島における佐々木小次郎のことをすこしばかり思い出したり。