『どこから行っても遠い町』読了

 現時点における川上弘美の最新作。2008年。新潮社刊。あれですよ。この本における<捨てたものではなかったです、あたしの人生>というコピーを帯や広告で見かけたひとは、きっと、読了後にこのコピーの色合いをまるで違うものとして感受することになるはず。それはちょうど――といいながらこの連作短篇集自体からの援用――こういう具合に。

 好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあの頃知らなかった。いろんなものが、好き、の中にはあるんだってことを。
 いろんなもの。憎ったらしい、とか。可愛い、とか。ちょっと嫌い、とか。怖い、とか。悔しいけど、とか。そういうの全部ひっくるめて自分の何かを賭けにいっちゃいたくなる、とか。
 俺の「好き」は、ただの「好き」だった。央子さんの「好き」は、たくさんのことが詰まってる「好き」だった。

「説得力」なんて色気のない言葉をここでつかうのはほんとうにこちらの語彙不足を如実に露呈しているようでまぬけ極まりないのだけれど、ま、ようするにそういうことです。<捨てたものではなかったです、あたしの人生>というコピーが、本を閉じたあと、眼前に、重層的に、実体を伴って――説得力を持って――こちらに迫って来る。そしてまた、ぼくとしては、ずっと追い掛けて続けている川上弘美氏が期待を裏切らず常に新しい姿で――パワフルに――戻ってきてくれるという事実に、「ついてきてよかった」と感涙にむせぶ仕儀となっているのであります。
 ちなみに。同じくこの本のコピーとして多用されている<男ふたりが奇妙な仲のよさで同居する魚屋の話>――これ、違いますよ。あれじゃないです。川上弘美氏の小説に、女性の同性愛はあっても、男性の同性愛はこれまでなかったから、もしかするとこれは「そう」なのかな? とちらと思ったりもしたのですが。……にしても、この<男ふたり>のコピーを宣伝冒頭近くに持ってくる新潮社側の意図がよくわからん。