くり返し

 はっきりと学校で教わったという記憶はないのですが……でも、そうだったのかなあ? 「おなじ言葉をくり返すのを避けようとしている」のって。『翻訳家の仕事』(岩波新書)で、丘沢静也がそんなことを書いてたんだけど。

 九年間、学生たちからたくさんのことを学んだ。そしてとくに気になったのが、国語教育の大きな影である。(略)おなじ言葉のくり返しを避けようとしていること。くり返しが、有効なレトリックであることを知らない。それどころか、恥ずかしいこと、避けるべきことだと教えこまれている。

 おなじ言葉をくり返すのって、何ていうんすかね、ほら、通りで自分のと同じ服を着ているひとを見つけたときの気恥ずかしさに、ちょっと通底しているものがあるような。そうした際の記憶って、わりに、今でもはっきり覚えているくらいに強烈なもので。恥ずかしいとか、そういうレベルを超越してね。服飾と文章って、まあよく似ているものとして(服飾が文章に喩えられている例にこれまでお目にかかったことはないけれど、その逆はたくさんある)取り上げられているくらいだし。
 ちなみに、服装の重複を……何ていうのかなあ、政治的な要素抜きで利用するのって、けっこう難しいような気もします。つまりここでぼくは制服とか——軍服なんてものを連想しているわけですが。スーツとかね。それこそ、意匠→レトリックとしての、服装の重複って、あり得るのかな? よく判らないな。
 意匠って、ある意味、不必要なものに他ならないしね。これはかなり誤解を招く表現かもしれないけれど、あくまで、飾りにすぎないから。で、重複ってことは、その意匠の不必要性に、かなり抵触しかねない(というか、はっきりとしている)し。重なってるってことは、「これは大事なんだよ」って風に、強調している——そうしたメッセージを送りかねないからね。見るひとに。勝手に。……って、だいぶ話がずれました。文章の話に、戻します。
「おなじ言葉をくり返す」ってことで、ぼくが真っ先に思いつくのは、それこそ好きでよく読んでいるからに他ならないのだろうけれど、川上弘美の文章っすね。何かいい例がないかな、と今ぱらぱらと捲ってみたところ——

 好き、っていう言葉は、好き、っていうだけのものじゃないんだって、俺はあのころ知らなかった。いろんなものが、好き、の中にあるんだってことを。

『どこから行っても遠い町』より……って、これ前にも写したことがあります(→)。それに、くり返しってことでいうと、そういい例でもないかもしれない。ここのくり返しには、読んでいて、引っ掛かるような違和感がないから(ここでは「好き」って言葉を強調するためにくり返されているのだし)。
 と、いうところで、話を持っていくのもいささか抵抗あるのだけれど——でも、それこそ「好き!」って態度表明だからかまわないかな、ということで。
 そうなんですよ。かなり違和感があったんですよ。最初。柴崎友香の『主題歌』を読んでて。頻出する、おなじ言葉のくり返しにね。今回、柴崎友香の小説をまるまる1冊読むのははじめてだったんだけど。しかし、次第に、その違和感が、気持ちよくなってくるというか何というか……。

主題歌

主題歌

 小田ちゃんたちを祝うために集まった大勢の拍手の波につつまれながら、実加は、歌はこうやって歌われるものなんだと思った。彼女が作ったほんの短い歌は、とてもいい歌だって、わたしにはわかるし、ここにいる人はみんなそう思っていると思う。

 ごめんよ。とあらかじめ断ったうえで。ここに出てくる「思う」って言葉の使い方は、昨今、そうはお目に掛かれないもので——スタイリッシュって視点からは微妙な線にあるかも、と——、でもそれは、丘沢氏が指摘していたように、おなじ言葉のくり返しを「恥ずかしいこと」だと教えられてきたことに対する、受け手側の吟味不足のせいなのかもしれない(どうしてくり返しが「避けるべきもの」なのかということに対する考察不足)……などいうことを、まあ思うというか、感じたりもしていたわけです。『主題歌』読んでて。
 これって、「寄らば大樹の蔭」の精神と合致してるよなあ、とかね。こういうところから、迫害とか排斥ってのは生まれるのかなあ、とかとも(こういうところ、ってのは、ずばり、教育からってことなんだけど。学校に限らず)。

 なんて書くと、それこそ誤解を与えかねない。いや、何だろう……わりに厳しいことが実生活に降り掛かり、そのときに、この小説を読んで、ささくれだっていた感情が、ていねいに均されていくのを感じることができて、ぼくは単純に嬉しかった——というような感想を、こちらに抱かさせてくれた本です。『主題歌』って。で、それには、内容はむろんのこと、上で触れたような、全篇に渡るくり返しが大いに貢献しているのではなかろうかと踏んでいる次第。主義主張とは、逆のベクトルにあるくり返しですからね。これって。
 違和感ってものを、だから、そう軽んじてばかりいてはいけないのだな。と、唐突に結んでみたりもします。