怒りのスパイラル

 やっぱり、いま新興宗教で活躍してる人たちって、いろんな怒りを抱えてるんですかね? やっぱり、っていうのは、ほら、いつも行く本屋に、必ずその手の人たちがいるんですよ。アンケートを手にして。「すいません、三宅島の復興の件でちょっと」なんつって人のいい顔で近付いてきて。(もちろん店の外で、ですよ。)で、ほとんどの人が、ぶっちゃけ無視って形で通り過ぎてんだけど、そして僕も軽く会釈して通り過ぎる派なんだけど、いや、たぶん、あの人たち、こうして無視されることによって、より自身の信仰心を高めているんだろうな。「縁なき衆生は度し難し」なんて心の中で呟きながら。徳の高い人はともかく、ほとんどの人は「よくも無視したな・・・」って怒りに燃えながら。てなことを、この前、現場で、強く思った。「こえーっ」って。でも、この予想、十中八九合ってる気がする。名付けて、「怒りのスパイラル」。怒り、というか、疎外されるときの感情というか。これを、思いっきり主催者側に利用されてるなあって。宗教って、もともとこうした怒りから発生したのかもしれないけれど、でも、それをおかしな具合に利用されたら、ちょっとたまらんモノがあるなあってそんなお話でした。