俗物図鑑再臨

 藤井康一「情報起業」を朝の電車で飛ばし読み。脇のポスターでは小泉孝太郎が力の入った笑顔を披露している。(ここの左上。)なんだかみんないろいろつらそうだなあ。
 そっか。「カリスマ」ってのは自己申告をしないと成り立たないものなのか。そういえば、あの大先生も。“横文字”なんかつかったりしてね。誰とはいわないけど。
 にしても、これって筒井康隆「俗物図鑑」の世界に似てないか。自らの得意分野の評論家となるサラリーマン。泣いたよ、中一の私は。あの壮絶なラストで。ほぼ全員の評論家が戦いの末死んじゃうんだ。そして主人公の息子が生き残った女たちに言う。(うろ覚えですよ。)「行こうよ。悲しんでてもしょうがないだろ。いつかまたこの続きを始めるんだから。」この続き、というのは、えーと、「大衆vs.評論家」だっけ。「国家vs.評論家」だっけ。いずれにせよ、始めようとしているんじゃないかな藤井さんは。「この続き」を。(以上、夏の夜の妄想。)
 ところで、最近はとんと「俗物」なる語を目にしませんね。