東北の友

 過去に一度だけ花巻に行ったことがある。宮沢賢治のイーハトーボ。バスから眺める田畑があまりに美しくて、ああ、こういうところで暮らせば心も体も健康に過ごせそうだなあとしみじみ思ったものだ。
 伊坂幸太郎氏は千葉の生まれなのだけれど、大学時代から東北の地風に惹かれて住み続けているのは有名な話。ですよね? わかるなあ。その気持ち。と、この点には妙に共感する。(だからこそ著作にも激しく共振したかったり。)まあ東北全てがイーハトーボというわけではないことは承知しつつ。
 昨日仙台で行われた熊谷達也氏の直木賞受賞パーティーに、近所に住む伊坂幸太郎も顔を出したとか。へー、とミーハー的に反応。いいはなしじゃないか。そういえば熊谷氏、先ほどの山本周五郎賞もとっていたんだ。その際に自分のことを「地味」だと表していたような。東北文化が主なテーマ、だっけ? さんざん今回の賞に「盛り上がらない」だの「新人作家奨励の意味なんて失している」とケチをつけたけれど、なんか、こうした密な情報に触れると、「別に部外者にまで媚びる必要はないか」とか「よかったね熊谷さん、この賞がきっかけで広く知られるようになって」と簡単に鞍替えしたり。カメレオンか。
 上の東北旅行の帰りに、中沢新一「哲学の東北」を読む。内容はきれいさっぱり忘れた。というか、当時はほとんど理解できなかった。その本の選択に酔っていただけかも。表紙は吉田戦車が描くところのふんどし男と犬。彼らが広大な(おそらく)東北の田畑を見つめる表紙は今も心に留まり、それもあってか、「東北」という名を持ち出されると、どうしても甘くなってしまう自分がいる。