記憶の層の流れ

 金井美恵子「噂の娘」*1読了。ふう。けっこうかかりました。一文一文の情報量がすごいからね。詠みやすさとは、もちろん、かけ離れている。でも、特に、小説を読み進める上での支障にはならなかったです。つまり、それこそ映画で俳優の衣装を楽しむのと一緒で。小道具とか。背景とか。筋自体は、ややこしいところなんてまったくなかったし。女性たちのおしゃべりにはかなりツボにはまるものがあったし。久々かもな。「またあの本の世界に浸れる!」と日々楽しみにできた体験って。前に書いたように、全然がっかりなどすることはなかったのでした。ああよかった。
 この本が出た時、週刊朝日斎藤美奈子が、「ふだん私は一回読んだきりで書評を書くことはないのだけれど、この小説に限って、ちょっとそれをやってみる」みたいなことを書いていて(文体模写もやっていたかもしれない)、へぇ、なんか特別な本なのかな、と、当時金井美恵子には全然興味がなかったにもかかわらず、そんなことを思った。まあ確かに、各エピソードがどこにあるかを探すのはやっかいではあるものね。ふつうの本と比べて。て、他に理由があるのかもしれないけど。
 記憶を言葉で表現するのに、どこかずれが生じるのは仕方のないことだ。けれども、金井美恵子はその「ずれ」を逆手に取って、みごとに記憶の流れを描き出している。決して、単線ではありえない記憶の流れを。だから、最後の思いきった時間のジャップでは、ちらと頭がくらくらしたよ。
 また読もうかなあ。金井美恵子の本。(今のところ)けっこういい感じだ。