僕の片方の耳は…

 昨日の日経の芸術欄に、トゥーツ・シールマンスなるジャズハーモニカ奏者が紹介されてました。写真で見る限り、もうかなりのお爺さん。目が落ち窪んでて、口もしょぼしょぼしてる。大きな黒縁眼鏡と、口髭がチャームポイントという感じ。もちろんぼくは、この人のことを知らなかったです。こんな新聞記事を目にしなかったら、恐らく一生縁がなかったことでしょう。けれども、この人、ちょっといい事いってるんだ。日曜の朝、ぼくは目がうるうるしてしまったよ。繰り返す。もうほんとかなりの高齢者なのだよ。(プロフィールに、1922年、ベルギー・ブリュッセル生まれとある。)そんな彼が、こんな言葉をいい放っている。

 マイルス・デイビスもビル・エバンズも僕より年下なのに亡くなった。でも僕は演奏している。健康に感謝している。血圧は今も正常値。僕の片方の耳は…

 …と来て、次にどんなフレーズが来ると思います?ふつう、というか、ぼくなら単純に「(僕の片方の耳は)聴こえづらくなっているけれど、でもそんなこと全然気にせず演奏をしているんだ」的常套句が入るものだとばかり思っていたのです。が、“正解”はというと…

 僕の片方の耳は過去、もう片方の耳は未来を聴いている。静止したくないんだよ。

 どうですか?このポエジー。正直、ノックアウトされてしまった。いいなあ、片方の耳で過去を、もう片方の耳で未来を聴くなんて。というか、こんないかしたフレーズがきちんと口から出てくるような、そんな老人に、ぼくはなりたい。