道化師の恋 (河出文庫文芸コレクション)

文庫版解説は江國香織。今までこの人の小説にはさほど食指を動かされなかったのだけれど(好き嫌いの問題ではなく、単に書かれている題材に興味を持てず)……と言いつつ、今度映画も公開される『間宮兄弟』には題材文体エンディング全てを含め「うまいなあ」と嘆息したのだけれど、それはともかく、そんな彼女が、どうどうとこの『道化師の恋』を褒めちぎっていて、その手技に、思わずめまいがするほど感心してしまったのでした。
題名が「愉悦の翻弄」。すばらしいっす、この言語感覚。そのとおり、とぽんぽんと(江國氏の)肩を叩きたくなるくらい。自分では、この小説に、ちょっと聞きかじった言葉で「ポリフォニーの愉楽」(多音的快楽!)なる語を当てはめようとしていたのだけれど、ああ、「愉悦の翻弄」の方が、はるかに地に足のついた言葉だなあ。確かに、読んでいる最中、言葉の波に「翻弄」されっぱなしだったもの。(そして、それがまた強度の快楽を生み出していたのだもの。)
というわけで、読了しました。金井美恵子の目白4部作最終編『道化師の恋』。ピンクの頬も麗しい、美少年作家善彦くん21歳をとりまく雑多な人間模様――てな紋切り型の説明じゃ、なんにも言ったことにはならないか。つーか、説明するより、読んだ人たちと「ね、ね、おもしろかったよね!」と、誰かれともなくミーハーチックに盛り上がりたい気分なのであります。けれども、この小説は、そうした熱狂ぶりを拒絶しているような向きもあるから――と、こちらが勝手に思い込んでいるから――その分、冒頭の江國氏の解説文もありがたく身に染みるというわけなのです。
ふう。にしても、おもしろすぎる本は――生活レベルでは――ちょっと困るな。睡眠リズムを確実に狂わされる。読み終えた直後なんて、体内の血液がふだんとは違ったルートで流れてるようなかんじだったぞ。

  • 付記1:批判じゃない、むしろ魅力となっていると思うのだけれど、この小説って、存外ステレオタイプの人物ばかり登場してますよね。掲載の主な舞台が「別冊婦人公論」というのが大きいかな。自分の容姿に見とれる女性が、大島弓子のマンガを持ち出すシーンなんて、ああ、いかにもありそうだ、なんて、全然関係ない立場ながらも納得したくらいだもの。江國香織はこれを「感情移入」ではなく、単に「感情を感じる」と書いていて、ここにも、なるほどなあ、言葉の選び方がたくみだなあ(いつわりが少ないなあ)と感心した次第であります。
  • 付記2:この小説には、「わかる人にはわかる」ギャグがたくさん埋め込まれているのですが、個人的には、全共闘世代の女性が、丸谷才一に言及するシーンに、布団をばしばし叩く程(寝ながら読んでいたので)笑い転げてました。けれども、本文には「丸谷才一」という名は出てこない……。ああ、あのギャグがわかる人と語り合いたい……。
  • 付記3:ところで、現実世界に目をやれば、同性をも納得させるような(このハードルがけっこう高い)美男子作家というのは、なぜかいませんね。いるのかな? 佐藤? 島田? 京極? 吉田? 石田? 宮藤? うーん、ちょっとちがうような・・・・・・。