本音街の刑事

「本音街」。それは、町田康が作り出した架空の街。ここではみな、建前などかなぐり捨てて、本音でしか会話をしないという場所だ。
 行ってみたいなー。行って、本音をぶちかましたい。というより、あのつよい人や、あのかしこい人を、ここ本音街に放り込み、そこで繰り広げられるであろう打ち上げ花火にも比する壮絶トークを垣間見たいなーという野暮な欲望を抱いているのです。
 でも、町田康の作中では、どの会話もフィジカルな暴力沙汰には発展してないんすよね。たとえどんなに相手の傷口に塩をなすりつけるようなことを言い放っても。何故か? それは、おそらく、作中では明文化されていないものの、ここ本音街では極めて厳密な法が施行されているから。
 すなわち、「どんな会話も、丁寧語でなされなければならない」。
 ――こんな具合に。

「さよならというのはどういうことですか」
「もうあなたと別れるということです」
「なぜですか。僕は少しふざけただけです。別れないでください」
「いえ。私はあなたと別れます。なぜならあなたが途轍もない馬鹿だとわかったからです。わたしはあなたのことがほとほと嫌になりました。足は臭いし、チンポが臭いくせにフェラチオしろと言うし」
「わかりました。足とチンポも洗います。だから別れないでください」
「一日何回洗うのですか」
「足が一回、チンポが二回でどうでしょうか」
「やはり別れます。フェラチオ自体が面倒くさいのです」
「ではフェラチオは我慢します。その際、チンポは洗わなくてもいいですよね」
「別れます。そういう交渉をしてくること自体、腹が立ちます」
「では。フェラチオ無しでチンポも洗いますよ」
「そういう問題ではないのです。考えてみればあなたは経済力もないし将来性もないし、この先つきあってもなんのよいこともないでしょう。だから私はあなたと別れます。さようなら」

 恐るべし。日本の丁寧語パワー。(つーても上のカップルは見事に別れてるわけだが。)
 まあだから、意外に平和っちゃー平和なのかもしれません。この本音街というのは。楽だろうなー。ここに勤務している刑事たちは。容疑者の「疑」の字が全く意味をなさない世界。たとえ殺人事件があったとしても(ないだろうけど)、諸星大二郎の名作「黒石島殺人事件」とは真逆の展開が繰り広げられることでしょう。
 本音街版「12人の優しい日本人」もいいかな。(刑事じゃないか。)