「おんたこ」読んだよ

 笙野頼子の最新作だね(正式名称は「だいにっほん、おんたこめいわく史」)。
 町田康が「すげー」って言ってたり、何より前作の「タコグルメ」(正式名称は「絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男」)の後書きでこんな文章を読んでたからやたらと期待は高まってたんだ。

「おんたこ」という名は悪しき意味でのおたく。密室ではなくむしろ狭い袋小路、時には会社やクラブ、またお袋の中に要は外の見えぬ場所に閉じこもるのです。そして「おんたこ」はおたくという言葉をJIS配列のワープロでかな入力誤変換した時にあらわれた単語。その上、ブログでもやっているような小説好きならばすぐに「ああヲタクね」というようなわかりやすい変換です。そもそも実際のおたくの中には無害な人も尊敬するべき人も含まれています。また単なるおたく文化というような言い方の中にはそんな害悪は隠れていません。これをあえて「おんたこ」と呼ぶ事でテーマは必要十分な広さに限定出来たのです。

 でもなあ、うーん、正直、むつかしかったなあ……。
 何か大切なことを伝えんとしていること自体は伝わるんだけれど、それに感応する準備がこちらに不足していたというか。
「取説」にはこんなことが書かれている。

 論理や文がぐだぐだ続いて分かりにくい点、ま、家電の説明書ならそれは困ります。でも、思索とはただ結論を出すためのものでしょうか、その過程の中に現実が見えるのだ。わけわからないという事でむかっとしてないで、そのためにリズムを付けてあります。音読出来ないところは頭の中で音読したところを想像してください。あなたの読みがあなたの頭脳を変えていくのだ。文の引っかかりが新しい世界への手掛かりです。また、これは語りの世界です。エクリチュールではなくしゃべりくちゅーる。

 すっちゃんすっちゃんすっちゃんすっちゃん。
 すっちゃんすっちゃんすっちゃんすっちゃん。
 ――用語がわからなかったんだ。ごめん。しゃらいこと言って。特に、登場人物の背景がな。
 こんど、「金毘羅」や「水晶内制度」を図書館でなくもういちど買ってちゃんと読んでみるよ。