夢の記載

 細野晴臣だって夢の記載を習慣としているらしい。「アンビエント・ドライヴァー」内に2つ、それに触れている箇所あったよ。写そうかな――。

 何かで「あれ?」と感じたとき、あるいは「ちょっと待てよ」と思ったときには、それを必ず書き留めるようにしている。それを読み返し、自分の感覚や思考の道筋をあとから吟味してみる。以前から夢を文章化して記録するのを習慣にしていたのが、ひょんなところでようやく役に立ってきたようだ。(P.258)

 夢のような記憶があって、それはどうしても言葉にできない。言葉に定着させてしまうと、別のものになってしまう。それは逃げ水のように、摑もうとすればするほど逃げていく。でも、それこそが僕が音楽をつくる源泉となっていることに気づいた。僕にとって音楽を作る行為は、どこかで聞いたことがあるような、どこかで見たことがあるような、夢のようなものを思い出すのに近いことなのだった。(P.298)

 彼の場合は、たぶんにカルロス・カスタネダの「ドンファン」シリーズの影響があるみたいだ。いや、読んだことないので想像なのだけれど。ほら、よしもとばななも「好き」と公言してるからね。カスタネダのこと。夢見の術っつーの? 機会があれば、読んでみようかな。今度。