むずむず感

 蟻走感、とか、エコノミークラス症候群とか、その意味するところをよく理解してないにもかかわらず、最近は映画を見ながら、かような言葉が頭を飛び交うようになっているんだ。つまりは、映画鑑賞中、なんだか脚がむずむずするなあって感じ続けてるってことだね。最近といっても、ここ数日のことなのだけれど。で、まあ、仕方がないから、チケットを買う際にも、なるべく人のいないところを頼むようにしてるんだ。近頃は、どこの映画館でも指定席制度を取っているから、こういう点はありがたいよね。そして、きちんと、照明が暗くなった頃を見計らって、おもむろに靴を脱ぐ、更には、靴下を脱ぐ、最終的には、座席の上であぐらをかく、という風な法を採っているわけなんだ。臭くはないと思うよ。たぶん。あ、足の話だけれど。毎日洗ってるし。靴も靴下も取り替えてるし。当たり前か。ただ、若干の罪悪感、というか、羞恥心みたいなものは確実に働くよね。人から見られたら困るなあ、注意されたら、何と言い訳しよう、といった感覚。幸いにも、今のところ、そうした事態には巻き込まれてはいないのだけれど。別に、場内アナウンスで、裸足を禁止しているようなことは言っていないのだから、構わないといえば構わないのだろうけれどね。単純に、自意識の織りなす感覚のひとつなんだろうな。もっと、困るようなことをしている人たちも存在しているのだろうし。「カポーティ」を見てる時なんか、その時ぼくを含めて劇場には3人しかいなかったのだけれど、途中、いきなり、女の人がかなり大きな声で独り言を言い始めて、いやー、あれにはまいった、というか、正確には、恐怖を感じたなー。「ミザリー」の変形ヴァージョンがこんなところで展開されたらどうしよう、といった具合にね。
 ま、そんなこんなで、靴下を脱いで、椅子の上であぐらをかくなんて、ぜんぜん行為として罪がないよねーなんて開き直っている昨今、今日は、渋谷で、「マーダーボール」を見てきたんだ。ボルテージが上がる映画だったよ。いろんな意味で。で、映画の途中、ふと気がつくと、いつも股の上に置いてある靴下が、なくなってたんだ。床に落っこっちゃってねえ。これには、文字通り、まいったよ。床の上、手探りでは、ちっとも、探り当てられないんだよなあ。いつもなら、映画本編が終われば、即席を立って外に出るタイプの人間なのに、今回は、仕方がない、劇場が明るくなるまでじっと待っていたよ。まあ、逆に言うと、まだ「マーダーボール」でよかったって節ががなきにしもあらずなんだ。短かったからね。エンドロールの流れる時間が。もしこれが、例えば、あくまでも例えばだが、「ロード・オブ・ザ・リング」みたいな、最後に人物名が延々と続くような映画だったら、どうなっていただろう、とちょっと困惑しないでもなかったね。それはそれで、きちんと楽しめることが出来てたかもしれないけど。(ちなみに、「ロードオブ」は、劇場ではなくDVDでの鑑賞。見終わった後、すごいなあ、これ劇場で見た人、と、その体力の優秀さにほとほと感嘆したよ。)あぐらを愛好する、日本人としてのDNAが、にわかに働き始めたのかなあ。何にせよ、なるたけ早く、あの映画館での蟻が走る感、というか、むずむず感が消えてなくなってくれることを、願って止まないでいるところなんだ。