「海に落とした名前」読了

 多和田葉子の最新短編集。全て雑誌「新潮」掲載。だから、なのかどうか、ぼくには前作「アメリカ 非道の大陸」より文章の密度が濃いように感じられたよ。表題作は、事故で記憶をなくした女性が、病院で出会った医師の甥や姪と共に記憶を手繰り寄せていこうとする話。――と、書くと、なんだかふつうのサスペンスっぽく感じられるかもしれないけれど、ぜんぜんそんなことはなくて。さっき目にした「メルボルン」って同人誌で、穂村弘が<今の若手のお笑いの人はみんな詩人>って言ってたんだけど、なんかそれを彷彿とさせるような。まあ、これはちょっとどこか一部分を切り取って例を提示するというわけにはいかず、ただ「機会があれば読んでみて。おもしろいよ」と言ってもちっとも心に咎めるところがないことを記しておく。装丁も洒落てるし。個人的には、「時差」って短編のカノンっぽいところにも捨て難いものがあったなあ。