「静かな生活」読了

 大江健三郎著。作家Kの長女マーちゃんの視点で書かれる連作集。伊丹十三の手で映画化もされたから知っている人も多かろうと思う。ちなみにぼくは未見。ちょっとした空き時間にすこしづつ読み進めてようやく読み終えたという次第。うん。ふつうにおもしろかったよ。って、じつはこれ読むのは2度目なんだけれど、それでも、きちんとおもしろがることができた。作家K、そして頭に瘤を持って生まれてきたイーヨーが登場するということはつまり、この「マーちゃん」というのは、大江健三郎の実の娘、と思われるかもしれないけれど、後書きで、著者は「それは違う」と念を押している。まったく架空の設定である、と。そういえば、作中に、これも当然実在のモデルがいると思われる「新しい人よ目ざめよ」について、等の人物たち(Kの子供たち)が言及しているシーンがある。

 そこで私が弟に、――たとえ好意的にあってもね、一面的な見方から自分のことが書かれてみると、迷惑ね。いま私を知ってくれている友達はいいけれど、これから出会う人があれで先入観を持つようだと憂鬱だわ、というと、冷静なオーちゃんはこう答えた。
 ――小説だから、と言えばいいんだよ。

 なんだか、設定が入れ子細工になっていて、ここで立ち止まる必要は少しもないのだけれど、でも、確かに作品に妙味を与えているなあ。(さらにどうでもいいのだけれど、大江氏は、どうして7月生まれの次男――オーちゃん?――の名に「桜」の字を与えたのだろう。なにか意味があるのかな。)
 最初にこの小説を読んだ時、登場人物たちがプールで泳ぐシーンに感銘を受け、同じようにプール通いを習慣化させていたことがある。今回はそこには感応しなかったな。ただ、「まったくの架空の設定」であっても、語り部のマーちゃんが、過負荷を与えられると<自動人形化>するあたりには、わりに同調していた。こういうひとが、ほんとうにいてくれると、「ああ、いっしょだねえ」ってぼくもけっこう心穏やかになれるのだけれど。