「楽しみと日々」読了

 金井久美子&美恵子姉妹による食と映画へのオマージュとでも言うべき一冊。あ、「食」にオマージュはおかしい? それでも、たとえば(長いけど)、

 すぐに食べられないだけに、アップル・パイのイメージが、幾重にも薄く重なってふくらんでいるパイ皮のようにふくらむ。まわりはこんがりと焼けてパリパリしていて、内部はバターのクリーム色をしたしっとりした幾重にも重なった薄いパイの層があって、シナモンとクローブの香りのする甘く少し酸っぱいシロップをたっぷり含んだリンゴと口の中で溶けあい、さらに濃いホイップ・クリームのうっとりするような、甘美な幸福感が体のすみずみにまで広がり、銀色のフォークを持っている指のさきまで幸福になる、ピカピカに洗って輝いている白いボーン・チャイナのごく平凡なケーキ皿が、パイの外側のこんがり焼けた茶色い皮のポロポロしたかけらで汚れ、上部に塗られたリンゴの煮汁と艶だし用のアプリコットソースとクリームが混じって、さらにベタベタと汚れるのだけれど、こういった汚れが、なんと幸福で甘美なことか、と思いながら、飲み物は何にしようかと考えた挙げ句に選んだ、うおがし銘茶の黄金の煎茶「天下一」を飲む、といったことをずっと考えていたのだったが、スウィーツ方面の流行はどうもコンチネンタルな甘い甘味に傾いているので、ウィルキー・コリンズの描写したようなタイプの古風で重厚なパイには、なかなか巡りあうことは出来ない。

 なんて文章を読んでしまうとねー、はー、うまいもんだ、と感心するだけでなく、じっさいにこちらも(ややミーハーながらも)、ひさびさに紀の善の抹茶ババロアを食べに少し遠出をしたみたくなる、などといった、味覚の記憶を呼び起こされてしまう。
 あ、映画の話もしなくっちゃね。この本で取り上げられている映画でぼくが見たことのあったのは、「子猫をお願い」と「ミスティック・リバー」の二本だけでした。特に前者は、金井美恵子、誉める誉める誉めまくる。

子猫をお願い』が感動的なのは、映画自体の素晴らしさ(丹念な大胆さと繊細な冷徹で踏動する画面と、少女たちの胸を打つ存在感)は当然なのだけれど、そこにこの映画がチョン・ジェウンの長編第一作であるという輝かしい驚異が加わる。

 あ、そういえばこの映画、「目白雑録2」でも取り上げられていたっけ。(ちなみにチョン・ジェウンは69年生まれの韓国女性。)

 まさに、みずみずしさと大胆さと細心な巧妙さにあふれた驚嘆すべき処女作である。

 そう。いい映画なんだ。(猫だって可愛いかったし。)いい映画なんだけれど、ぼくは、この映画、旧ユーロスペースで見たものだから、若干、首が疲れてしまい、もしかするとここまで入れ込むことはできていなかったかもしれない……。
「楽しみと日々」を読んで見たくなった映画5本。

 山中貞雄山下達郎もファンなんだってね。(あ、「デニム」買いましたよ。「ミラクル・ラブ」聴きまくりっす。)
 DVDではなく、きちんと、機会があれば、スクリーンで接してみたいものです。