『赤い長靴』読了

 読みやすいなあ。読みやすくて、なんて複雑なんだろう。と感嘆しっぱなし。結婚後10年の夫婦のあれこれ、といって想像されるあれこれとは、たぶん、異なることが描かれている、筈っす。なにがすごいって、事件らしい事件が描かれていないのにもののみごとに興奮させられることに対してなのだけれど、あれですね、金魚すくいの名人に対する感嘆と、これは、似ているのかもしれません。そんなものが、すくい取れるのか? と訝しむものをも、巧みな技で、ひょいとすくい上げる。ふだんの生活でも、紙を破りまくりの自分としては、ブラボーと声をかけたくもなります。

 ぼくが今まで読んだ江國香織氏の作品といえば、『きらきらひかる』と『こうばしい日々』と『間宮兄弟』といった具合に、何となく、世に流通している「江國香織といえばフェミニンな恋愛小説」といったイメージからは外れてるような気がするのだけれど、今回のこれもまた、その一環なのでしょうか? というか、そのイメージ自体が間違っているのでしょうか? 読んだ人が皆この小説から1節を切り取りたい、と希望しているように感じられるので、ぼくもまた、それに倣うと。(ベタですが。)

 結局のところ言語は人格なのだし、人格のない言葉を無理に発音したところで、それは音にすぎない。

 音にすぎない……。

 表紙に使われている装画(井上信太「群図」)のはまり具合は、ほんとうに、なんなんだろう。実は半分、ジャケ買いでもあります。江國香織著。文春文庫。2008年。