『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』読了

 ああ、こういうのが、まさに「っぽい」です。自分の中にある「江國香織のイメージ」と、寸分違わず一致する。この短編集自体が、代表作のひとつと目されている面も多分に作用しているのだろうけれど、うーん、何となく、安心します。安心というか、手練れの技をきちんとそれそのものとして堪能できる悦びを味わえるというか。逆にいうと、それから(自分にとっては)かなり逸脱している(ように思われる)『赤い長靴』の魅力もまた際立ってくるということに他ならないわけなのです。
 ようするに、恋愛小説のもたらす切なさが存分に詰まっている、なんて書くのは、ほんとうに、野暮の骨頂っすね。やめよう。安全でもないし、適切でもない。(でもないか。)むしろぼくの感じた切なさというのは、恋愛のもたらすそれよりも、例えば第2編の「うんとお腹をすかせてきてね」に出てくる強烈な食への嗜好といった、ある意味、自分の持っていると自覚しているものとは異なる感覚を我がことのように感じられる瞬間においてなのだけれど——また違った人は、愛する人との別れ(の哀しみ)に、強烈な同調を感じたりしてるんだろうなあ、ということを想像する、ということもまた、自分の持っていると自覚しているものとは異なる感覚を我がことのように感じられる瞬間に他ならないですからね。その「自分の持っていると自覚しているものとは異なる感覚を我がことのように感じられる瞬間」(長くてすみません)こそが恋愛の醍醐味だ、などといわれれば、まあ、そういうものなのかなあと頷かないでもないという……。バウムクーヘンみたい。人気があるわけだよなあ、と、その周りの人垣の存在をも、どうしたって、いっしょに考えてしまうというものです。2005年。集英社文庫江國香織著。