島尾敏雄の写真

 新潮文庫島尾敏雄『死の棘』に載っている著者の写真からは、まったくもって、実直だの謹厳といった(要するに真面目そのものの)雰囲気しか、予備知識のない者としては受け止められないものだから、この小説で描かれている阿鼻地獄に対して、ミスキャストの愚を犯しかねない――というところは、少しばかりあるかもしれません。
 実際、今回、新潮文庫の新刊『「死の棘」日記』の巻頭写真で、若き日の島尾敏雄及びミホ、伸三(伸一?)、マヤ各々の姿を拝する機会に恵まれ――立ち読みですが――他の3人の家族にはとくべつなイメージ修整を行う必要がなかったものの、当の島尾敏雄本人に対しては、「なるほど、このルックスなら、あの世界にぴたりと合う」と強く肯った次第であります。まあ個人的な感触です。でも、あの『死の棘』で用いられている初老の写真と、『死の棘』じたいの醸し出す「くらーい」(←作中使用語)世界との乖離は、なかなかのものがあるんじゃないかな? どうでしょう?
 というわけで、若き日の島尾敏雄の姿を頭に入れた状態で、もう1度、『死の棘』をちびちびと読み返してみようかと思っております。
 金井美恵子氏は、長女マヤちゃんが小説内でどうしてたびたび「ニャンコ」と呼ばれているのかを不思議に思っていたようですが(奄美では猫のことを「マヤ」というらしい)、ぼくは、最後の方に出てくる「英光の短篇集」というものの正体がかなりに謎でした。なんですかね「英光」って? ひとの名前?(まぬけな質問?)

 寂しいから十畳のまにふとんを敷き、みんなが一緒にならんで寝たが、いつのまにか枕許に妻は英光の短篇集を持ってきて読みはじめたので、
「読まないほうがいいのになあ」
 と注意しても、うわのそらできき流している。