風呂歌

 やれやれつかれた。と自宅の浴槽に浸かりながらひといきついているところに、おそらくは換気口から隣人の男性の歌う声がひくく響いてくるのを耳にすると、何とはなしにシャーロック・ホームズの「まだらの紐」とかを思い出してしまうのだけれど——まあ御機嫌らしくて、いいですね。へたに別種のらんぼうな声がとびこんでくるより、よほどいいです。ぼくもむかしよく歌ってたし。風呂場で。気持ちよくて。無分別だったから。まあいまでもある分野ではりっぱに無分別なんすけど。興が乗って止まらずに脱衣場でさえも歌い続けていたりしてね(自宅でね)。
 知らない曲だったので、曲名まではざんねんながら判別不明。これでその時間にだれも隣でもまた上階でも下階でも風呂には入っていなかった。とかいうことになれば、りっぱに真夏の怪談じみてくるんですけれど、まあ昨今、そういうアナクロなのは棲息する余地がないだろうしなあ……。