夏風邪中

 けほん。…よわまってる。努力が報われるとは限らないということは頭では(一応)知っていたけれど、胸できちんと理解できていたかというといささか心許ないものがあったのもまた確かなことで。いい勉強になりました。かといって、この先努力なんて全て人生から放棄してやるなどと意気込める程の肝が据わっているのかというとそれもまた異なっている訳で。
 まあちょっと疲れたということです。バーンアウトとまでは(多分)行かないけれど。
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 ところで、この2ヶ月で、あのスカイツリーの頭が自宅のベランダからも見えるようになっているのだった。都内在住じゃないのに。たいしたもんだなあ。と素直に感心。
 でももしかすると違うのかな? 勘違いしているだけ? 夜になったら光ってるけど。新しいゴミ焼却炉用のタワーだとか? まあそれでもたいしたものには違いないか。
 このスカイツリーを自身に投影させて、よし俺も/私も頑張って生きていこう(成長していこう)って意気込んでいるひとはいるのでしょうか? いやちょっと前に小惑星探査機「はやぶさ」の働きに自身を投影しているひとがいて、たいした共感能力だなあと(ここでも)感心したことがあったので。作ったひとに共感するのはわかるけど、無機質相手に共感って。凄いものだ。
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 藤子不二雄Ⓐの位置付けって、自分の中でちょっと迷うところがあります。あ、いま読売で半生記(「まんが道60年」)が連載されているんですが。悪いひとではない。…ないんだろうけれど…と、ここで「けれど」と繋がってしまうことに、我ながら戸惑ってしまうものがあるのです。
 この話をひとにしたら、「要するにそれってスマップみたいなものなのかな」という返事が返ってくる。
「スマップ? 唐突だね。なんでまた?」
「あ、だから、ドラえもんの方がキムタクで。いま読売で連載している方が草なぎくん」
「…」 
 いちおう謝ったほうがいいのかな。ごめん。でもぼくはどっちにも悪い感情は抱いてないよ。
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 現在『メイソン&ディクソン』(→)を図書館で予約中。でも、名前、そしてその難易度の高さだけ評判で知ってて、ピンチョンの作品ってこれまで1回も読んだことないんだ。面白いのかな? …と書いて、またやった。『メイソン&ディクソン』じゃなくて『メイスン&ディクスン』っすね。正しくは。ソンじゃなくてスン。『Mason & Dixon』。でもまだこの先懲りずに間違そうな予感もする。