せちがらい

 桐野夏生エドガ―賞を逃したという記事を読み、別にさほどのディープな桐野夏生ファンでもないしましてやエドガー賞なるものの真の価値なんてぜんぜん把握してないのだけれど、もし受賞してたらやっぱりそれなりの嵐が起きてたのかなーと思ったりする。とゆーか、起こってたらおもしろかったよねというくらいの感想。どうなんだろう。株価の変動にいかなる影響を与えてたのか、とか。あ、株価といってもマジなそれじゃなくあくまで日本小説界における株価って意味。いや、それ以前にまったく桐野夏生とかかわりのない人たちからの評価にちょっと注目したりして。つーかそっちの方の興味が大。要するにさー、みんな外見しか見てないんだよ、それでもってぎゃーぎゃー口はばったく意見いえちゃったりできるんだから、っていえるほど私は偉くない。はいブレーキ。もし鷺沢萌芥川賞を受賞してたら自殺することはなかった、なんてことはないのだろうけれど、看板としての「芥川賞作家」というのは、やっぱそれなりのプロテクトの役割を果たしてたんじゃなかったかなー、とか。あ、ごめん、うそうそ。といいつつ「勝ち犬」とか「勝ち組」って言葉が果たすプロテクトの役割にちょっと思いを馳せてみたり。関係ないけど、イラクで殺された外交官未亡人もやっぱり定義に拠れば「負け犬」なんだよね。そういうことは誰も言わないのかな。つーかそういう方面に関するデリカシーってまるっきり見られないよね。いいなー、プロテクト。私もちょっと欲しいなあ。さらに関係ないけど「仲良し力」ってのも現代社会を生きる上で欠かせないツールではありますね。ああ、なんか今急激に大道珠貴の魂を近しく感じたよ。その点彼女は芥川賞受賞してよかったね。